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30年前、「ばななぼうと」という船の話

2016/04/08
  • あんしんはしんどい日記
  • 大地を守る会
  • 食・農業・環境
30年前、「ばななぼうと」という船の話

4月1日。
新卒の女子が1名、入社した。
函南町丹那盆地の小さな農産加工会社に、
来てくれるだけでもありがたい。
そして未来ある若者を受け入れる責任も重大である。
イイ会社に入ったと思ってもらえるよう頑張らねば、
と改めて気を引き締める1日となった。

4月5日。
かき氷シロップの製造が始まる。
みかんのシーズンが終わったと思ったら、
もう夏に向けての準備だ。
まったく時は容赦なく過ぎてゆくね。

先日も、昨年新卒で入った女子が1年を振り返って、
「人生はアッという間なんだなー」と漏らした。
それは終わった時に言うセリフだろう(君はまだ若い)、
と返したけど、
短く感じるのは気持ちが前向きだということか。
あるいは充実してたってことかもしれない。

翻って我が人生。
終わってみればアッという間であっても、
最後だけは「ま、いいか」と思えるようにしたいものだ。
現実は後悔の連続でも。

そして今日、4月8日。
大地を守る会のホームページで連載中の「ヒストリー」30話を、
ギリギリで編集部に送った(実際は〆切過ぎてるけど)。

ここ数話書いてきたのが、30年前の「ばななぼうと」の話。
知る人ぞ知る伝説のイベントである。

『ばななぼうと』表紙

1986年10月5日、
全国から170の団体、520名の人々を乗せ、
当時日本一の外航客船「ニューゆうとぴあ号」が神戸港から出港した。
名づけて『ばななぼうと』。
船は6日間かけて沖縄・石垣島から鹿児島・徳之島、奄美大島をめぐり、
美しい自然や暮らしを守りたいと願う人々、
そして有機農業で島おこしをしようと意気込む人たちと交流した。

船内では “ いのち・自然・くらし ” をキーワードに、
60を超える数のシンポジウムやセミナー・ワークショップが
繰り広げられた。

 

加えて、半年強におよぶ準備の間、全国の様々な団体に呼び掛けるなかで、
ジャンルを超えて集められた団体の数が1300を超え、
そのリストが『ばななぼうと』(ほんの木刊/上の写真)
という一冊の本に収録された。

安全な食べ物の共同購入や販売団体から始まって、
有機農業、リサイクル、自然保護・環境問題、エネルギー、
反核・反原発、福祉、教育、学校給食、フリースクール、薬害・医療、
島おこし・村おこし、第3世界ショップ、海外援助、平和・・・

インターネットなどない時代に、
多様な分野でオルタナティブな社会のあり方を考える人たちの
住所録の実現、これは画期的な事だった。
これを機に、草の根と呼ばれた市民団体がつながり始めたのだ。

ばななぼうと集合写真

大地を守る会はこの一大イベントの事務局団体として
準備を担い、船には8名のスタッフが乗り込んだ。
その一人だった僕は進行スタッフという役割で、
次から次に持ち込まれるプログラム提案の調整から
全体の進行管理、乗客のトラブル対応に苦情処理まで、
裏方仕事で朝から晩までこき使われた。
美しいサンゴ礁も見ることなく、夜のパーティを楽しむこともなく・・・

こんなこともあった。
禁煙運動の団体から船内のたばこ自販機を撤去せよとの要求が出され、
撤去は無理ですが・・と布をかぶせて買えなくしたところ、
今度は喫煙者から「事務局のファシズムを糾弾する!」
という壁新聞が張り出された。
結局は節度と配慮ある分煙というあたりで落ち着いたように覚えている。
とにかくエネルギーが充満しては増幅して、
みんな何かを得ようと目を熱くさせていた。
そんな船だった。

 

「ばななぼうと」は、80年代後半の
市民運動のネットワークづくりに大きな役割を果たした。
様々な団体がつながり、いくつかの新しい市民事業が生まれた。
水俣大学の構想もここから出発している。
こんにち言われる “ ソーシャル・ビジネス ” の扉を開いた
事件だったと言っても過言ではない。

多様性を認め合い、互いに自律した形で緩やかに協力する、
ネットワーク型運動論と「食える市民運動」の提唱。
それは大地を守る会が10年の歴史でつかんだ
到達点の表現でもあった。

僕にとって「ばななぼうと」は、
この世界で生きる(食う)覚悟を与えてくれた原点のようなものだ。

久しぶりに思い出しながら書き綴ってみて、
ちょっと胸が熱くなったか・・・
よろしかったら、読んでみてください。

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