「水車むら」詩人、臼井太衛さんに

晴れた日の空が以前より透き通って感じるのは
気のせいだろうか。
特に夜、何気にベランダに出て空を眺めた時に、
星がキレイに、はっきりと見える気がしたのは、
たまたまその日が格別に空気が澄んでいたから
だったのだろうか。

4月28日は、今年一年で金星が最も輝く日だと
知ったのは翌日のこと。
感動もちょっとしぼんだけど、でもやっぱ、
晴れた日の星は以前よりキレイに見えるようになった、
という思いは変わらない。
都会ではどうでしょうか。

免疫力を鍛えましょう。
腸内フローラを整えるには発酵食を。
弊社おススメの一品はこちら。

本ブログ久々の登場、
ウエダ家の におわないぬか床です。

有機栽培もしくは農薬不使用の米ぬかに、
「ウエダ家の自然発酵乳酸菌」を加えて、低温で
乳酸発酵させたぬか床。
捨て漬け不要、すぐに使えます。
においも少なく、優しい乳酸菌の香り。
冷蔵庫に保管すれば、毎日かき混ぜる必要がない。
具材を出し入れする時だけでOKの、
手間いらずのぬか床。

これからの季節、
僕はこれに漬けたキュウリとカブとナスが必須となります。
皆さまもぜひ一度お試しください。

 

免疫力ということで言えば、
これはさすがに言わずもがなでしょうが、
抗生物質はウィルスには効かないので、
くれぐれも勘違いなさらぬよう。
逆に腸内細菌叢を壊して免疫力を低下させます。
使用は本当に必要な時だけにしましょう。

報道を見ていると、毎日新たな感染者数は発表されるけど、
回復した人の数はなんだか軽視されているようです。
しかし当たり前のことですが、
日々、回復した人も増えています。
つまり抗体(免疫)を獲得した人も増えている、
これは “ 希望 ” です。
不当に拝外視してはなりません。
むしろ経験を分かち合いたいところです。

 

さて、ブログを中断していた間にも
いろんなことがありました。
その中でひとつ、書き残しておきたいことがあります。
少々前の話で恐縮ですが-

さる1月27日、
無農薬栽培の「水車むら紅茶」で全国にファンを持つ
「水車むら農園」元代表、臼井太衛(たえい)さんが
亡くなられました。享年83歳。

大地を守る会ではずいぶん古くからのお付き合いで、
詩人としての顔も持った “ 名物生産者 ” の一人でした。

昨年12月、
別件で息子の大樹(たいじゅ)さんに電話した際に
「オヤジがヤバいです」と聞かされていたので、
訃報を受けた時は、驚きというより
「ああ・・来たか」というため息、でした。

2月1日(土)、通夜に参列。
その参列者の多さに、生前の活躍ぶりと功績が偲ばれました。

 

亡くなられた翌々日(1月29日)、
静岡新聞が5段の訃報記事を掲載しました。
臼井さんの軌跡がよくまとまっているので
抜粋・借用させていただくと-

臼井さんは1936年、大地主の長男に生まれ、
藤枝東高校を卒業後、茶畑やミカン畑を引き継いだが、
農薬アレルギーで肌が腫れたため、
「近代農業の農民失格者」と自称し、
70年頃に無農薬での茶づくりに転じ産直運動を始めた。

  -有機農業の先駆け時代。しかもお茶の無農薬栽培なぞ無理と
   言われた頃。周囲からどんな目で見られただろうか・・・

中部電力浜岡原発に反対し、81年、水力で生活するため
滝ノ谷川沿いに「水車むら」をつくった。
都会の学生を受け入れて民家を移築し、水車を建造した。

  -僕が初めて水車むらを訪ねたのは83年だったか。
   自然エネルギーの先駆けというにも早すぎて、
   変わり者にしか映らなかっただろうと思う。

水車を維持するため、一緒に国産紅茶の再興事業を始めた
種石銀一さんは、「太衛さんの書く『新茶だより』のファンが
全国に大勢いて、お茶を買ってくれた」と振り返る。
臼井さんは誰とでも仲良くなったという。
「踏み台にして利益を得ようとする人まで、丸く良く面倒をみた」

「瀬戸ノ谷には文学的な熱い土壌があった。
  太衛さんも戯曲や詩の才があった」
臼井さんは、地元出身の作家小川国夫とも親交があり、
藤枝文学舎をつくり、小川の生家保存運動を展開した。

2000年に水車むら農園を長男に任せたが、
表現欲は衰えず、農事組合通信「滝の谷紅茶」を発刊。
有機農業や脱原発に取り組む人々をつないだ。

昨年10月、胃がんがみつかった。

12月につくった2編の詩が絶筆となった。
          (執筆は阿久沢悦子記者)

 

斎場ロビーに飾られた一枚の写真。

集落に建てられた「9条の碑」の前に座る太衛さんと
妻の澄子さんの笑顔が素敵です。

「近代農業の失格者」から、一本の道を実直に、
ときに舌をペロッと出したりしながら
歩き続けた哲人が、逝きました。

 

後日、没直後(1月31日)の発刊となった
『臼井太衛 全詩集』(羽衣出版)を取り寄せる。

若い頃の詩にこんな一節があった。

街にはお前を宿す場所はない
灰色の水に沈んでいる
水際に終末を告げるしだれ柳も
時々お前を宿す悲痛な願いをだいてみるが
街路樹の哀しい宿命を知ってしまつている
お前は街の風景を拒絶せよ
(「流刑人のうた」から)

 

2019年12月、
僕が大樹さんに電話した頃につくられていた
最後の詩から-

二〇一四年 私は白い髭の爺さんになった
藤枝市瀬戸ノ谷の集落滝の谷から
子供の声が遠ざかって久しい
通勤年金地産三分割あたりで餌(え)を得てる
百年あたり向こう この谷地の娑婆に
理(ことわり)や糧銭も色恋もくぐり抜けてきた染色体が
隠遁に似たひとむれの家族でいい
夕暮れモクモクと煙が谷筋を這う景を
もちろん信じたいのだ

 

太衛さんが今のコロナ過の世情をみたら、
何と詠むだろう。
新しく変異あるいは進化して登場したウィルスに、
自らの魂を重ねるのだろうか。
それともウィルスではなく人の振る舞いの中に、
文明批評の性(さが)を掻き立てることだろうか。

合掌です。

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