未来に種を蒔き続ける酒、でありたい。

2月9日(土)。
函南から熱海-東京-郡山-会津若松と乗り継いで、
JR磐越西線・喜多方駅に着いた時には、
もう午後3時近くになっていた。

大地を守る会オリジナル純米酒「種蒔人」の
新酒完成を祝う「第23回大和川酒造交流会」。
その集合時刻から約1時間半遅れで到着したわたくし・エビは、
逸(はや)る気持ちを抑えながら、急ぎ足で
大和川酒造店の醸造蔵である「飯豊(いいで)蔵」
に向かう。しかし・・・路面に雪がない。

磐越西線の車中でも、雪が少ないなぁとは感じていたけど、
こんなに少ないのは、1993年から通い始めて
最低記録ではないだろうか。

2月初旬の姿とは思えない飯豊蔵。

しかしそんな感慨はおかまいなく、
僕が蔵に到着したのと同時に、交流会ご一行様は、
醸造場見学と、文字通り搾ったばかりの新酒の試飲を済ませ、
本社蔵へと移動し始めるところだった。

常連、じゃなかったリピーターの顔馴染みの方から、
「美味しかったわよー、エビちゃん。
 今年は例年に比べても、さらにイイ出来かも~」
とかキラキラした瞳で自慢され、
静岡から必死で走ってきた(電車だけど)男に
直汲みを飲ませてあげようという気持ちを持つ人は誰一人なく、
せっかく歩いて来たというのに、すぐに移動を促される。
もしかしてイジメか~? みたいな気分になる。
遅れてきたんだからしょうがないんだけど。。。

 

本社は昭和の時代まで酒造りを営んでいた蔵で、
今は「北方(ほっぽう)風土館」の名で見学蔵となっている。

本当に雪がない。この時期の会津でこれは・・・
信じられない光景である。
今年の田畑への水供給が心配になる。

 

蔵見学で歴史を感じ取って、
試飲コーナーでいろんな酒を飲み比べて
(飲み過ぎだよ君たち、ここは試飲!・・と私は冷静)、
いよいよ座敷での交流会の開始。
数ある大地を守る会の交流企画の中でも、
「この世の天国ツアー」と呼ばれてきた別世界企画の、
本番である。

大和川酒造店自慢の日本酒のラインナップ。
そして会津の郷土料理づくし。
心おきない会話が弾み、
生産者も消費者もない、仲間的一体感が醸され、、、
こんなシアワセ、いいのか~?
という場になっていく。これぞ「種蒔人」の本懐。

 

若き杜氏、佐藤哲野(てつや)さんが立つ。

昨年はちょっと辛口の意見も言わせてもらったけど、
今年は、ホントにイイ出来に仕上げてくれた。
と、素人が偉そうにね。しかし毎年変わらない工程なのに、
なんで微妙に違ってくるのだろう。
人の経験知に発酵という世界、どんな撚り糸の結果なのか、
奥深いものだと思う。

会津料理に欠かせない、こづゆ。

 

幸せな時間というのは、やっぱりアッという間に過ぎてゆく。
最後に〆の挨拶を頼まれ、
スッキリとまとめようと思ったんだけど・・・
この酒がつないだネットワークを思い、
僕はまたしても泣いてしまったのだった。

 

「俺たちの酒を造ろう」
福島は中通りの須賀川市、稲田稲作研究会の
伊藤俊彦さん(当時はまだ農協マン)と語り合ったのが
1993年のこと。
減反政策を批判してクダを巻いているだけじゃなく、
リアルに田んぼを守っていくために、その一歩として
「俺たちの酒を造る」。
そのぶんだけでも田んぼを守る。小さくてもモデルを創る。

それは半分遊び心だったんだけど、
その年の大冷害と米パニックは、僕らを本気にさせた。
「冷害は天災だけど、米不足は人災である。」
やるしかない! と、
酒だけでなく、米の備蓄制度まで作ってしまった。
おかげで伊藤さんは左遷され、農協を去ることになる。

なもんで、同志・伊藤俊彦。
この男との「仁義」は僕にとって一生もん、となる。

そして2011年の3.11。
原発事故と放射能汚染という事態に対して、
コメを守るために彼と稲田の生産者たちが
敢然と取り組んだ数々の試験と打ち立てた農地保全理論は、
学者も後追いして認めていくほどで、
福島の米は彼らが救ったと言っても過言ではないし、
いつか世界を救う技術として貢献するだろうことを、
僕は秘かに確信している。
「種蒔人」の原料は、そんな男たちの米であること。

そう言おうと思った途端に、
あの当時の伊藤さんたちの苦闘を思い出し、
声が詰まったのだった。

元工場長(&杜氏)で、今は社長となった
佐藤和典さんと語らう伊藤さん。
僕はこういう光景が、好きです。

 

そしてもう一方の雄が、この人だ。
大和川酒造店会長、そして会津電力を立ち上げた
佐藤彌右衛門(やえもん)さん。

伊藤さんと「じゃあ、(酒造りを)どの蔵に頼むか」
と相談した時に、一発で決まった蔵だった。
訪ねていけば、彌右衛門さん(当時は佐藤芳伸専務)は、すでに
お酒の設計図を書いて待っていてくれた。
商談は1時間もかからず、
「じゃあ、ラーメン食いに行こうか。」
あのセリフは、一生忘れられない。

その人が、3.11の後、
「東京電力から福島を取り戻す!」と宣言して
猪突猛進、八面六臂の活躍で、とうとう海外からも
日本の「自然エネルギーの革命児」(オヤジだけど)
と称賛されるまでになった。
そんな人の蔵で造られたお酒であること。

そして彼らの、時に孤独にさいなまれるたたかいを、
「飲む・食べる」ことで支えていたのが、実は皆さんなのです。
知ってましたか・・・
この「輪」を僕は、世界に誇りたい。

これで泣かずにおられようか。。。

 

すっかり気分良くなって、
熱塩加納温泉でさらに幸せ感に浸り、
これでまだ頑張れると思える。

たかが酒である。それでもその、飲めば消えていく
一滴の中にも深い文化と「魂」は込められていて、
その力がこれから先も人をつないでいってくれることを信じて、
仕事をしていきたいと思うのである。

 

二日目、帰る前に北方風土館に立ち寄り、
彌右衛門さんを囲んで語らう。

「エビちゃんは今、はこなん(函南《かんなみ》のこと)だっけ?」
とかとぼけながら、彌右衛門さんがさりげなく言う。
「遊びに行きたいなあ。なんか仕事つくってくんない?」

遊びたいから仕事を作れって、意味分かんない・・ことない。
本当はそうあるべきなのだ。

そこでこちらも何げに応えてしまった。
「『おだやかな革命』の上映会でもやりましょうか・・」

自宅に帰ったときには、渡辺監督からのメールが届いていた。
「彌右衛門さんから聞きました。
 上映会開催とのこと。有り難うございます!」

やられた!
・・・しょうがない、やるしかないか。
こんなふうにして僕らは鍛え合ってきたんだよね。

でも、これで思い出してしまった。
飯田哲也さんとの約束もまだ果たせてないことを-

どうしましょ。腹を括るしかないか。

未来のために「種を蒔く酒」、であるために。

※ ほとんどの写真は「大地」スタッフ・松本英里子さんから頂きました。感謝。

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