遊雲の里で、40年ぶりの再会

公開日: : 最終更新日:2018/09/07 生産者・産地情報, 雑記その他

人生には不思議なタイミングで邂逅が重なることがある。
しかもこんな縁ってあるのか、というような
驚きの再会がクロスして現れることが、人生にはあったりする。
そんな時には、強い引力が働く。

これは行くしかない、そして
「行くならこの夏、今でしょ!」と決意したのが7月のこと。
場所は、福島県二本松市東和。

行動は7月22日から。
この日、渋谷で開催された日本有機農業学会主催の公開フォーラム
『福島の農とくらしの再生と未来』で有機農家・菅野正寿さんと会い、
菅野さんの運営する農家民宿を利用したい旨を伝えた。
僕は2年前に、この民宿開業にあたって出資した一人でもあって、
無料宿泊券を1枚もらっていた。
ようやく使う時が来た、という思いで予約をお願いしたのだった。

 

泊りがけで、しかも仕事は隠しテーマにして
二本松行きを決めさせたのは、一本の電話からだった。
4月のいつだったか。
元大地を守る会の会員で、東中野でフランス料理店を営んでいた
樋口陽子さんからお久しぶりの電話が入った。
彼女は、福島の復興支援活動を続ける中で店をたたみ、
南相馬に行ったと思っていたら、いつのまにか二本松に移住していて、
東和の生産者たちのお世話になって
道の駅でジェラート作りなどの仕事を得たと言う。
その連絡に、羽山園芸組合のリンゴを使った加工品を開発してくれたら
営業やりますよ~、などと返したりしたのだが、
そんなやりとりのなかで、面白い人が目の前にいるので、と
一人の男を電話口に出してくれた。

「大谷です。お久しぶりです」

もう40年になるでしょうか。
浪人時代に、西早稲田の下宿屋でエビさんに遊んでもらった大谷です。。。

エエッ~! 大谷~ッ!?
吉田拓郎みたいに髪を伸ばしてギター弾いてた大谷?
元野球部でちょっとイケメンの・・今をときめく大谷くんには敵わないけど・・・

そうです。その大谷です。
引っ越すときエビさんから本棚もらいまして、今でも使ってますよ。
(覚えてない・・・)

すっかり忘れていた男が、
突然目の前(正確には携帯電話の向こう)に登場した。
しかもなんで樋口さんの電話から。

大谷くんとはお互い引っ越してから音信不通となったが、
聞けばこういうことである。
大学で教員免許を取り、郷里の二本松(旧安達町)に帰って
小学校の教員を務めあげた。
昨年定年退職したあとも教育関係の活動は続けながら、
親が維持してきた畑を引き継いで、
何と有機農業にチャレンジしている、というのだ。

樋口さんとは、彼の奥さんを通じで知り合った。
奥さんと樋口さんとは、あの “いのちのスープ” の料理家・辰巳芳子さんが
自宅で開いている「スープの会」で一緒だったとのこと。
二本松から鎌倉まで通ったのか、大谷の嫁もただモンではないと見た。。。

懐かしい二人の声を同時に聞かされて、
思い立たない筈がない。
そんなワケで、樋口さんの加工品開発を手伝うという名目を隠し持って、
8月16日、夏休みを返上して二本松に走ったのだった。
行ける日はこの日しかなかった。

 

浦和の自宅から東北道に乗り、郡山ICの手前で思いついて、
郡山市田村町の金寶(きんぽう)酒造・仁井田本家に立ち寄ることにした。
20代半ばで僕を日本酒に開眼させ、
大地を守る会に履歴書を送らせた因縁の酒、「金寶自然酒」の蔵元。

18代当主、仁井田穏彦さんにも会えるといいが・・
と期待して行ったが、残念、お盆休みだった。

 

しょうがないので一路、下を走って東和へ。

夕方、5時前に到着。
万葉集に謳われた「まほろば」という言葉が
自然に浮かんでくるような、懐かしい里の風景。

目に見えない放射能という化け物に挑み、
耕し続けることこそが放射能を封じ込め、
希望をもたらす道であることを研究者とともに立証した
奇跡の村。

そのリーダーの一人、菅野正寿さんが営む
農場「遊雲(ゆう)の里ファーム」。

もう一つの看板「きぼうのたねカンパニー」は
娘の瑞穂さんが運営する、若者たちの農業体験などを企画する会社である。
その体験ツアーにやってくる学生たちのために、
2年前の春、菅野さんは自宅の一角を改造して、
農家民宿「遊雲の里」を開いた。

今夜の客は、僕と大谷夫妻と樋口さんのみ。
部屋に荷物を置き、3人の到着を待つ間、
菅野さんと話し込む。

原発事故のあと、絶望のどん底から這い上がってこれたのも、
仲間の存在と、この里山を守りたいという強い思いがあったから。
軌道に乗ってきていた桑の葉事業は壊滅的な打撃を受けたが、
あきらめることなく1万2千本の木を改植して、
ようやく回復基調になってきたという。

僕は思い切って、葉の加工品開発にとどまらず、
養蚕を復活させてシルクまで挑戦してはどうかと持ちかけたが、
さすがに暴論だったか、菅野さんは静かに笑って
「そりゃ無理だな」と答えられた。
(このアイディア、僕は内心あきらめてない・・)

東和に単身でやってきたフレンチ職人・樋口陽子をどう活用するか、
二人で面白おかしくプランを練っているうちに3人が到着する。
オヤジが二人ニヤニヤした顔で迎えて、樋口さんは何を感じただろうか。

あとは、思い出話もはさみながら、ひたすら楽しく飲んだ。

40年ぶりの再会。。。
大谷くんは定年退職して農業を始めたときに、
「ふくしま有機農業ネットワーク」の情報から戎谷の名前を発見して、
運命的なものを感じたと言ってくれる。
僕もまた、商売を越えた付き合いになりつつある東和との縁を、
啓示のように受け止めている自分を発見する。

何時に寝たのか、覚えてない。
部屋に戻れば大谷くんが潰れていた。
しまった。。。農家の朝は早い。大谷も今は農家だったのだ。
フォークシンガーに憧れ上京し、
小学校の先生となって帰り、毎日子どもたちとたわむれる半生を送り、
今は有機農家の端くれとして生きている。
僕も大地を守る会で働いていなければ、生涯再会することも
思い出すこともなかったであろう一人の男と、
阿武隈山系の山里で並んで寝ている、40年ぶりに。
つなげてくれたシェフも隣で寝ている、復興に命をかけた農家の宿で。
そんな不思議に包まれ、眠りについた。

翌日は、菅野さんがあるところに案内したいと言う。
その話は次回に。

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