無茶々園40年、天皇杯にいたる

公開日: : 最終更新日:2017/04/17 生産者・産地情報

4月7日(金)。
愛媛県西予市(旧東宇和郡)明浜町を訪ねた。
この地で有機農業をベースに地域づくりを展開してきた
「無茶々園」の40周年を祝う式典が
4月8日に開かれることとなり、
前日には現地見学や交流会もあるというので、
あたまからの参加を申し込んだ。

朝7時に函南駅を発ち、熱海から新幹線に乗り換え、
品川-浜松町-羽田第1ビルと乗り継ぎ、
羽田発9:45のJALで松山空港に。

松山空港からは送迎バスが用意されていて、
顔なじみの生産者や他団体の方々と一緒に
車中で弁当をいただき、
午後2時には明浜町狩浜、無茶々園の事務所に到着。

無茶々園の事務所は、廃校となった元小学校。
昨年、廃校を利活用する団体の代表となって
無償で借り受け、移転した。

いつも笑いが絶えない、
地元の人たちが気軽に出入りできる、
そんな施設にしたいとの思いで、
狩江小学校改め「かりえ笑学校」と命名し、
新たな地域づくりの拠点が生まれた。

利活用団体としては、
今はまだ地元の大工さんしか入ってないようだが、
保育所のない地域であるため、
親子で時間を過ごす場としても
活用されているという。

到着した一行は、その「かりえ笑学校」の教室で、
まずは明浜町の紹介や、
無茶々園の活動について説明を受ける。

1974年、3名の無謀な若者が、
お寺の住職さんの好意で15アールの伊予柑園を借りて、
柑橘の無農薬・無化学肥料栽培という無茶な冒険に挑んだ。
その実験園地を、「無茶苦茶」から「苦」を取って
「無茶々園」と名づけたのが始まりである。

伊予市で自然農法を実践する福岡正信師から指導を受けるも、
外観の悪さから加工用でしか売れなかった。
初めて希望の値段で出荷できたのが1977年。
相手は松山市の自然食品店だった。

以来40年。
無茶々園の活動範囲は農産物の生産・加工にとどまらず、
海の環境保全へと広がって、明浜産のちりめんじゃこから
真珠の販売まで手掛ける。

90年代のいつだったか、
当時営業で顔を出していた大津清次さん
(現・地域法人無茶々園代表)が、
似合わない貴金属ケースを持参され、
「海を守る真珠やけん!」
と強引に売り込まれたのを覚えているが、
当時の「大地」には宝石を売る気も、力もなかった。
根負けして試験販売に踏み切るまで何年かかったか、
正確に思い出せない。。

今や明浜町狩浜地区の生産者7割が会員となり、
町外の生産者が100名を超え、
2013年には福祉事業も始め、
もう町の発展に欠かせない事業グループに成長した。
そして昨年、とうとう農林水産祭のむらづくり部門で
天皇杯をゲットした。
3名の異端児が始めた運動が、
42年を経て天皇に拝謁するまでになったのである。

「農事組合法人 無茶々園」の現代表、
宇都宮俊文さん。

第2世代の旗手は、周りから推され
西予市の市議会議員となった。
「本当に時代が変わってきたと思うねえ」
と感慨を込めて語るけど、
実力で変えたんでしょ、無茶苦茶やりながら。
みんなを巻き込んだ肝は、先進性だけでなく、
その組織名に表現される大胆さと、
地域へのこだわり(愛というべきか)、
そして寛容、大らかさだと思う。

 

園地をめぐる。

まるで世界遺産で有名なフィリピン・ルソン島
コルディリェーラの棚田を思わせる景観だ。
しかもその下はリアスの海である。

かつては桑畑だった山の農業が、
養蚕業の衰退とともにみかん園に変わり、
それも価格の暴落や農政に翻弄されたりしながら、
有機農業への目覚めが自立の道へとつながった。

語り部役の生産者は、地元史研究家のようでもあった。
宇和島藩の跡目相続から紐解き始め、
明治維新まで行く前に、
「すんません、時間がないんで」
と、説明をカットされてしまった。
明浜史の本番は、また来ないと聞けない。

続いて、無茶々園の福祉事業の取り組みを見る。
住宅型老人ホーム・デイサービスセンター
「めぐみの里」。

百歳まで元気で笑顔の絶えない、
人生の完成期まで輝いて過ごしてほしい、
との願いから設立された ㈱百笑一輝が運営する。

国民年金でも安心して老後を送ることができる。
困ったときに利用できる宿泊サービスも提供する。
道路をはさんで2番目の施設「海里(みさと)」も
2015年に開所した。
もはや地域の未来は無茶々園とともにある。

 

駆け足で関連施設を回って、
町の入浴施設でしばしくつろいで、
夜は交流会。

明浜の山の幸、里の幸、海の幸に舌鼓を打ちながら、
生産者や他団体の人たちと語り合い、
最後は大津さん宅になだれ込んで、また一杯。
奈良・王隠堂農園の和田さんもいたような・・・

 

翌8日は記念式典。

国会議員から市会議員に地元の名士がずらりと集まって、
祝辞を拝聴しているうちに、
ようやく酔いが回ってきたか、不覚にも・・・
無茶々園の皆さん、すみません。

創設者・片山元治の熱弁で起こされたとき、
僕は夢を見ていた。
みかんの花が咲き乱れる山に、
男と女と子供たちにお爺ちゃんもお婆ちゃんも
混じって、みんなが笑い合っている。
眼下では漁師たちも笑っている、そんな光景を・・・

無茶々園40周年。
彼らの、この町での実験は、
「社会的連帯経済」がこの国でも可能であることを
実証しつつあると思う。
「むらづくり天皇杯」の向こうにある世界を。

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