今年も “種を蒔き続けよう” -「第21回大和川酒造交流会」

公開日: : 最終更新日:2017/02/18 生産者・産地情報, 米プロジェクト21

2月11日(土)。
福島は会津・喜多方、大和川酒造店にて、
大地を守る会オリジナル日本酒「種蒔人」(たねまきびと)の
新酒完成を祝う交流会が開催された。

このお酒が造られて24年。
原料米「美山錦」の生産者である稲田稲作研究会(法人組織「ジェイ・ラップ」)
のメンバーも合流して、新酒のしぼりに立ち会い、
今年の出来をたしかめ、祝う。
毎年ピッタリと完成(しぼり)日と交流会が一致するから不思議だ。

たとえ交流会の日程に合わせて仕込んでもらっているとはいえ、
相手は年によって微妙に異なる原料と、 “発酵” という生きものである。
過去には一度だけ、しぼるのが一日早まったことがあった。
コメの質を見つめ、予定通り仕上げる管理技術は匠の世界である。

この交流会も21回目となった。
僕にとっては “何があっても外せない日” なのだが、
去年は何と、親不孝もんの娘がこの日に結婚式を入れてしまって、
二重の意味で涙に濡れたのだった。

そこで来年は何が何でも・・・と決意していたら、
一年前には想定していなかった新規事業(牛乳寒天事業の継承)が
本番突入の週となってしまった。
直前まで迷い迷って、
行っちゃおう! と決断したのが2日前。

所用を済ませて遅れて向かったら、
大雪でさらに電車が遅延し、
大和川酒造・北方風土館にたどり着いたのが夕方6時前。

すでに交流会は盛り上がっている。

遅れを取り戻すべく、飲む。

まだ炭酸の抜け切れない新酒の香りが、
五臓六腑に染みわたってゆく。。。
このシアワセ感がたまらない。
今年もいい酒を、ありがとう!

今年は参加者の中に、川崎のこだわり酒屋、
(株)片山の片山雄介さんがいた(下の写真・右の方)。
この方とのお付き合いも長くなった。
9代目当主・佐藤彌右衛門さん(写真左)と3人で、
ひとしきり思い出話に花を咲かせた。

3人とも、すっかり頭白くなっちゃったね。

コメの自由化が取りざたされていた頃、
ジェイラップ代表の伊藤俊彦さん(当時はまだ農協マン)と、
「一枚でも多くの田んぼを残そう」と語り合ったのが25年前。
その思いを形にすべく描いたのが、 “俺たちの日本酒” を造ろう、だった。

問題は、このコメ(当時は「五百万石」)をどの蔵元に持ち込むか。
そもそも受けてくれる蔵があるのか。。。
あまたある福島の酒蔵のなかで、この選定は難航すると思われた。
しかし二人が出した最初のカードがなんと、見事に一致したのだ。
「大和川酒造でいきたい」。
隣村・熱塩加納村の有機農業を支援し、
原料米として積極的に引き受けていた蔵だった。
その熱塩加納村には、有機農業のカリスマの1人と言われる
営農指導者・小林芳正さんがいた。
酒造りの腕前や酒質だけでなく、農への哲学を語れる酒にしたかった。
思いは通じるはずだ、という確信があった。

伊藤さんと二人で喜多方まで乗り込んだ時に、
相対してくれたのが当時の佐藤芳伸専務、
のちの9代目・彌右衛門さんである。

確信はあっても、交渉はそう簡単にはいかないだろう、
という我々の不安をよそに、
芳伸さんはすでに酒の設計図を書いて待っていてくれた。
気合いが空回りするくらい、あっけない商談だった。
1時間もせずに「じゃ、あとはラーメンでも食いながら~」
となった。

次の協議の席で登場したのが、片山雄介さんだ。
まだ酒類の販売免許を持っていなかった大地を守る会にとって、
片山さんの存在は欠かせなかった。

あっという間に役者がそろって、喜んだのも束の間、
その年(1993年)の夏、怪しげな風が吹いて、
全国的に “未曽有の大冷害” という事態に襲われた。
原料米「五百万石」は実を結ばず、
「こりゃ五石だあ」と生産者は哀しいジョークを飛ばした。

その難局を助けてくれたのが、小林芳正さんだった。
「せっかくここまで来たんだから、来年持ち越しは惜しい。
 熱塩加納村のコメでよかったら使ってくれ」
94年2月、たくさんの人に支えられて、
この酒は完成した。

最初の名前は『夢醸』(むじょう)。
みんなの夢を醸していこう、という思いが込められた。
そして21世紀に入った年、『種蒔人』と改名した。

  世の中全体に暗い話題が蔓延する時代だけれど、
  どんな時でも希望を捨てず、未来のために種を蒔き続けたい。
  厳しい冬の時代にあっても、眉間に深い皺を刻ませながらも、
  当たり前のように明日のために種を蒔く。
  そんな百姓の魂に学びながら、私も一粒の種を蒔く人になりたい。

最初の杜氏は、越後杜氏・安部伊立(いたつ)さんだった。
安部杜氏引退の後は、佐藤和典工場長が継ぎ、
2年前からは、彌右衛門さんの次男・哲野(てつや)さんが、
人気の “若き杜氏” である。

哲野さんになって味が丸くなった・・という女性がいる。
年による微妙な違いを感じてきた者としては、
年々の特徴でしょう、としか言えないのだが。

工場長は社長に昇格。
でもやっぱり工場にいるようだ。

水を育んでくれる飯豊山に感謝しようと、
3年続けて山登りを敢行した思い出も蘇ってくる。
一升瓶を何本も担いで、よくぞ登ったものだ。
いつかまたご一緒にお願いします、工場長。いや、社長。

生産者と肩を組んだところで、
一枚撮ってもらう。

僕の左が渡辺良勝さん。だいぶでき上がってないか。
その隣が橋本直弘さん。
ともに稲作研究会の次世代リーダーだ。
右側・哲野杜氏の隣は、フリーアナウンサーの小谷あゆみさん。
すっかり大地ファンになってくれたみたい。

会津料理のおもてなしの最後は、会津そばで仕上げる。
そして熱塩温泉に一泊。
塩っぱい湯に浸かって、まだ飲み足りない人たちで、
雪を眺め一献、語り合いながら一献。

誰が言ったか “この世の天国ツアー” は、
今年も健在でありました。

翌12日(日)。
帰る前にもう一度、飯豊蔵(現在の醸造蔵)と、
北方風土館(旧蔵)に立ち寄る。

風土館の中に一枚の額が、さりげなく置かれている。

シェーナウ環境賞
『 “電力革命児” - 名誉賞』

ドイツの最大級エコ電力会社「シェーナウ電力」が運営する
シェーナウ・エネルギー・イニシアティブとシェーナウ市が共同で
表彰する制度で、彌右衛門さんが日本人初の受賞となった。

福島第1原発の事故によって痛めつけられた福島を、
自然エネルギーで再生させると決意した。
「東京電力から福島を取り戻す!」と宣言して、
彌右衛門さんは猪のように走り続けてきた。
会津電力(株)を立ち上げ、
全国ご当地エネルギー協会の代表理事を引き受け、
自然エネルギー革命を牽引してきた。
革命児の「児」にやや違和感が残るけど、
やってきたことは名誉賞に充分値する。

 

この蔵を訪ね、この人と出会い、新しい酒を世に出し、
ここまで来た。
ジェイラップ・伊藤俊彦から始まり、
大和川酒造・佐藤彌右衛門、熱塩加納村の小林芳正、
あるいは山都町の浅見彰宏、あるいは二本松の菅野正寿・・・
いろんな人たちとつながってきた歩みだった。

彼らが種を蒔く限り、僕も逃げるわけにいかない。
この関係はまったく火傷するくらい暑苦しいけど、
シアワセな人生だとも思う。

来年で四半世紀となる「種蒔人」。
さらに次の世紀まで、この酒の魂が生き続けるために、
僕も種を蒔き続けなければならない。
希望の種は、諦めない限り、そこにあって、
僕らを待っているはずだから。

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