脱ダムから15年、未だ傷癒えぬユズの村

公開日: : 最終更新日:2015/09/01 あんしんはしんどい日記, 生産者・産地情報

夏休み中に発せられた安部首相の戦後70年談話には、
いろいろと突っ込みたくなるけれど、
ここで触れるのはやめておいて、
代わりに大地を守る会HPで発表された
私たち大地を守る会の戦後70年談話」を紹介させていただきたい。
ご一読いただければ嬉しいです。

 

さて、秘境のその向こうの美しいニッポン、
木頭村の話。

20150817木頭村⑦

全国あまたある一級河川の中でも、
かなり美しいほうの川だと確信する那賀川の上流部に、
木頭(きとう)村はある。

この地でダム建設計画が持ち上がったのが1970年代初頭。
ダム建設は村の繁栄を約束する事業として推進されたが、
下流域に建設された3つのダムで集落が崩壊してゆく様を見て、
反対運動が起きた。
その後、賛成VS反対の争いが30年にわたって繰り広げられた。
たかだか人口1600人余の村で、
家族・親戚から隣り近所、友人の間で深い溝が生まれるという、
原発など大型公共事業にありがちな負の現象が、
四国山中の村で出現してしまったのである。

そんな状況の中で1993年、
推進派の村長が失踪するという事件が起きた。
突然の村長不在!
なんかドラマになりそうな話だけれど
(いや、サスペンス劇場のような話ではなかったが)、
ま、それはともかく、首長不在3ヶ月後の選挙で、
反対派の藤田恵氏が無投票で村長に就任した。

そしてついに、日本で初めて、
住民運動によるダム建設計画白紙撤回という快挙が、
過疎の山村で実現したのだった(正式中止は2000年)。

20150817木頭村③

この村にも弘法大師(空海)の銅像が建っている。
空海が木頭村を訪れたかどうかは疑問が残るが、
何しろ四国はお大師さんが好きだから、
ま、許すとして、話を続けたい。

藤田恵村長は、ダムに替わる村の活性化事業として、
第3セクター方式による食品加工場建設を進めた。
しかし事を急いたか、最初に創った会社はうまくいかず、
「ふるさと創生資金」から2億8千万という金額を借入して
経営を維持させようとするも、あえなく破たんすることとなる。

その3セク会社が「(株)きとうむら」と改めて出直したのが1998年。
しかし再建は思うように進まず、さらに1億円の負債が積み増しされ、
そこで経営改善を託されたのが、
東京・お茶の水でGAIAという自然食品店を経営していた
日野雄策さんだった。

20150817木頭村②

日野さんは、
有機栽培による木頭ゆずブランド製品の開発を手始めに、
大豆・おから製品の開発、ミネラルウォーター事業などに取り組む。
そして20名以上の正規雇用、年間1億円以上の売上を達成するも、
2005年の町村合併により、
現在の那賀町に借入金を移行する形で今に至っている。

20150817木頭村④

そんな茨の道を歩んできた日野さんから、僕に一つの依頼があった。
ある人に会いたい。セッティングをしてくれないか、というものだ。
ある人とは、僕の高校の同級生である現在の木頭村森林組合長。
ダム建設でもめていた時代に村会議員をやっていて、
推進派の中心人物と目された奴だ。

村を割った時代の遺恨は、今でも残っている。
4年前の高校の同窓会で、彼すなわち森林組合長の榊野千秋が
「㈱きとうむらは認められんな」
ときっぱりと言ったのを、僕は覚えている。
㈱きとうむらの前身時代からの運営と
お金の流れに対する不信感がにじみ出ていた。
問題はダムだけではなかったのだ。

あとからやってきた日野さんとしては、
問題は過去よりも未来である。
必死で改革に取り組み、売り上げを伸ばし、地元雇用を増やし、
木頭ブランドを首都圏に広めただけでなく、
今では海外からもオファーが来るまでに成長させた。

木頭のゆずの説明となると熱が入る日野さんである。
20150817木頭村⑤

過去のしこりは消えないだろうが、
何とかこの会社を維持し活用しながら、
木頭の活性化に向けて共に歩めないものだろうか。
胸襟を開いて、話し合いたい。

高校の同級生というのは、けっこうな財産だと思う。
もちろん仲が良かった場合に限るけど。
電話一本で話がついた。
「しゃあないな。会(お)うたるわ」てなもんで。

20150817木頭村⑥

会いさえすれば、何とかなる。
その予感通り、二人はすぐに本音で話し合い始めた。
過去の誤解の部分をひとつひとつ解きながら
当時の思いを語り、そして木頭村の将来について。

日野さんの思いは伝わったことと思う。
しかし榊野の心が晴れたわけではない。

ダム計画には、100%の賛成派も100%の反対派もおらんかった。
みんな悩んどったし、みんな傷ついた。
変わり身の早いヤツもおった。
親戚同士やのに、今でも口きかんようになった人らもおる。
このしこりは一生消えんなぁ。

時間はかかるだろうが、
未来志向で、新しい道を拓いていくしかない。
とりあえず、二人がいつでも会って話し合うことができる、
そのきっかけはつくれたかと思う。
いつか村内に一軒あるカフェで、
二人の領袖が笑い合いながら酒を飲む光景が見られ、
人が集まってくるようになったらいい。

できる応援は、惜しまないつもりだ。

20150817木頭村⑧

で早速、無農薬のユズを売り込まれた。

高齢の農家にとって、山の傾斜地での作業はきつい。
なのでむしろ余計な手をかけず、
無農薬で育てて加工用に回す。
加工用なら表面の傷は許される。
有機JASの認証を取って、加工品で勝負する。
そしてしっかり農家に還元する(高い値段で買い取る)。
環境保全にもつながって、村自体をブランドにする。
これが日野さんがやってきた作戦だった。

20150817木頭村⑨

せめて村が一つにまとまるための布石を売って、引退したい。
そうしないと死ぬに死ねない、と日野さんは頭を下げた。

日野さんのたたかいは続く。
榊野組合長、いやキャプテン!(元野球部主将だった)
頼むよ。

20150817木頭村⑩

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